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婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様
婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様
Auteur: 根上真気

ep1 プロローグ(1)

Auteur: 根上真気
last update Date de publication: 2026-02-03 15:05:24

「ちゃんと綺麗にしてるじゃん」

友人の部屋を見回しながら、火野虎白は感心した。

「コハクがうるさく言うからな。ちゃんと一人でもキレイにしてんだよ」

はやてはドリンクの入ったグラスをテーブルに二つ置くと、自分も床に腰を下ろした。

「もう半年前だっけ? ハヤテが一人暮らしを始めた時はビックリしたよ。なんだかんだハヤテはまだしないと思ってたからさ」

「俺だって大学生の間は実家にいるつもりだったんだ」颯はテーブルに肘をついて頭を掻く。「姉貴と妹にブチ切れられたからなぁ〜」

「でも、その原因は......」

虎白は正面に座る友人に向かって、じと〜っと怪訝けげんな視線を貼りつける。

「ああーそうだよそうだよ」颯は両手を上げて降参のポーズをとる。「原因は俺のせいだよ、俺の女遊びのせい。実家にも連れ込んでたからな。わかってるって」

もはや開き直ったのか、颯は明るく笑った。

そんな友人に虎白はため息を漏らすが、すでに慣れっこだった。親友はそういう男だ。

「昔からハヤテはよくモテるから、つい遊んじゃうのかもしれないけどさ......もっと女の子のことを大切にしないと、いつか自分自身に返ってくるかもよ?」

「なんだコハク、俺のこと心配してくれてんのか?」

「それは心配するよ! 実家を追い出されるくらい遊ぶって、よっぽどだよ??」

「姉貴も妹もカタイからなぁ〜」

「ハヤテが軽すぎるんだよ!」

「わかったわかった。これでも今は控えてるほうなんだから」

「でも、今度の彼女とも別れちゃったんでしょ?」

「それはあれだ、どうも合わなかったんだよな。ちょっとこう、俺には重いっていうか、真面目なんだけど思い込みが激しいタイプでさ」

「ちゃんとやさしくしてあげてた?」

「そのつもりだけど」

「ホント?」

「なんだよ、疑うのか?」

「気になっただけだよ」

虎白は腕組みして口を尖らせる。彼は本気で友人のことを心配していた。そのうち修羅場になって刺されたりするんじゃないか? そんな想像さえ働いてしまう。

「まあ、俺も反省はしてるよ」

わかっているのかいないのか、颯は頬を掻きながら一応の反省の色を表した。それからグラスを手に取り一口すすると、今度は彼のほうが虎白に意味ありげな視線を向ける。

「なに?」と虎白。

「いや〜こうやって改めて見るとさ......」颯は虎白をしげしげと見つめて言う。「コハクの女装姿もすっかり様になったなーって。完全に男の娘ってやつだよな? いや、コハクの場合は声も高くて女声だし、もはや完全に女の子だな。しかもカワイイし」

「そ、そうかな?」

虎白は少しモジモジした。嬉しかった。

「そのうえ料理も得意で裁縫まで得意って......おまえは古き良き大和撫子かっ!」

「やまとなでしこ!?」

「ぶっちゃけおまえなら抱ける、いや、結婚したいぐらいだわ」

「なっ!」

「でもさ」

「?」

「昔は色々あったけど」と颯は感慨深さを滲ませる。「今日久しぶりにコハクに会って、コハクが自分らしくやれてるみたいで良かったよ」

「ハヤテのおかげだよ」虎白は即答する。「あの時イジメられていたボクをハヤテが助けてくれたから」

「たまたまだよ、たまたま」

颯は遠慮するように手を横に振った。

「たまたまだったとしても、事実は事実だから」

「それは、まあそうだけど」

「あの頃は本当に色んなことが重なって塞ぎ込んでいたし......」

コハクはグラスを口に運ぶと、遠くを見つめた。

「ちょうど親が......」と言いかけて颯は言葉を飲み込む。「悪い。あんまり思い出したくないよな」

「ううん、全然平気だよ」コハクは微笑を浮かべる。「確かに当時は親が亡くなってショックだったけどね。そのあと親戚の家に預けられることになって、最初こそは戸惑いもあったけど、本当に良くしてもらったから」

「おじさんとおばさんがイイ人で良かったよな。それに従姉の杏奈ちゃんはコハクのこと大好きだからな」

「杏奈お姉ちゃん、本当にボクのこと可愛がってくれたからね。ボクの趣味にも理解を示してくれたし、本当に特別な人だよ。でもね?」

「ん?」

「ボクが変われた最初のきっかけは、やっぱりハヤテなんだよ」

コハクは親友に、誠実な感謝の眼差しを向けた。

「お、俺は」と颯は照れくさそうにする。「できることをやっただけだよ」

そのまま颯がソワソワしていると、虎白は悪戯っぽくニヤリとする。

「これで女癖さえ悪くなければねぇ......」

「おっとまたそこに戻るか」

「ちゃんと一途だったら、ボクもお嫁さんに立候補しようか、なーんてね」

「おいおいマジか」

「女遊び、やめられる?」

「無理だね」颯は謎のドヤ顔を決める。「それは俺の人間としての幅ってやつだからな」

「幅にも限度があるんじゃない?」

二人はじ〜っと見つめ合うと、どちらともなくプッと吹き出した。

親友二人の楽しそうな笑い声が部屋に響く。なんの変哲もない、平凡だけど幸福な時間。

彼らは平凡な幸福に満たされていた。それが間もなく見るも無惨に破壊されてしまうことも知らずに......。

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  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep73 悩み

      【4】コンコン。コンコン。部屋のドアがノックされた。回数が多い。なんだよ煩いな、と思ったのも束の間。コハクはハッとして時計を見る。普段の起床時間を明らかに過ぎていた。理由は明白。昨夜、色々と考え事をしていて遅くまで眠れなかったせいだ。昨日の出来事だけが原因なのか、はたまた昨日の出来事がきっかけとなってこれまで溜まっていたものが爆発したのか。どちらにせよ、モヤモヤする。昨日、あれからクラリナと別れてクローと会う直前までは良かった。特に何も気にしてないと思っていた。ところが、クローと顔を合わせた瞬間、クラリナの言葉がフィードバックした。わたしも、グレーアム先生と仲良くしたいです。「コハク? どうかしたのか?」クローが顔を覗き込んできた。コハクは慌てて誤魔化した。「な、なんでもないよ」その時はとりあえず誤魔化したが、気持ちはずっとモヤモヤしたままだった。帰りの馬車の中での会話は自然と減り、屋敷に着いてからは不自然に口数が減った。さらにルーと顔を合わせると、今度はエリオット・エルガーのことが思い起こされた。以前、ルーはこう言った。魔法大学の男たちに気をつけてね、と。あの時は的外れな心配だと思っていたけど、どうやらルーの心配は当たっていたようだ。エリオット・エルガーが警戒すべき男かどうかはまだわからないが......。「コハク? どうした

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep72 不安

    反応に困る、とはまさにこのことと言わんばかりにコハクは返事に詰まってしまった。どういう意味で言ってるの? それは要望なの? それともただの希望なの? 「......あの、コハクちゃん?」クラリナが不思議そうに顔を覗き込んでくる、「わたし、変なこと言いました?」「あっ、いや」コハクはハッとする。そうだ。べつにクラリナの言っていることは、決しておかしなことじゃないんだ。赴任してきたばかりの素敵な先生と仲良くなりたい。そんなの、ごく当たり前の感情じゃないか。ましてやクローは美男子で、クラリナは十代の女の子だ。ある意味、当然とも言える。「わたし、コハクちゃんのこと、困らせちゃったかな......」クラリナが申し訳なさそうな微笑を浮かべる。コハクはマズイと思った。ちゃんと返さないと!「そ、そんなことないから! 大丈夫だから!」「本当ですか?」クラリナは不安そうにしている。友達を困らせてしまっていないか、本気で心配している顔だ。「本当だよ!」コハクは精一杯の笑顔を作って見せた。「今度、放課後かお休みかで、三人でお茶でもしようよ!」「いいんですか?」クラリナの目が輝いた。「もちろんだよ!」「すごく楽しみです」クラリナの笑顔が戻った。コハクはホッとする。ただ、胸の奥では、言い知れない不安が低気圧となって雨雲を作り始めていた。しかしコハク自身、それを自覚するまではしばしの時間を要するのだった。

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep71 え?

    「はぁー、はぁー」廊下の端までいき、コハクは立ち止まって壁に手をついた。正直、自分の行動に自分が驚かされていた。何も逃げなくてもいいのに。ボク、何をやっているんだ?「どうしよう。絶対ヘンに思われたよね。それどころか嫌われたかも。フツーに失礼だし。強引なナンパでもないのに。しかも相手はクラスメイトなのに......。クラリナも、どう思っただろ......」冷静になってくると、ますます不可解になってくる。そもそも相手に下心があるかどうかもわからない。ナンバだとも限らないんだ。純粋にクラスメイトと親睦を深めたいだけなのかもしれないんだ。ウブな乙女にもほどがあるぞ。「でも、前世で、ハヤテのナンパを散々見てきたからなぁ」それゆえに過剰反応したのだろうか。ましてや自分の場合、男から女に転生している。男側の心理もわかる分、より男に対する警戒心が強いのかもしれない。「クローは平気なのに......」そう。クローは、最初から平気だった。出会い方も関係しているだろうけど、それだけでは語れないものがある気がする。「あれ?」ここでふと、コハクはあることに気づく。そういえば、ルーのことも平気だったと。告白された時はさすがに戸惑ったけど、それでもエリオットに対して抱いたような警戒心はない。

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep70 クラスメイト

      【3】一日の授業が終わり、コハクとクラリナが会話を交わそうと目を合わせた時だった。二人の視線は同時に別の方向へ移った。「インフェスさん」数名の男子学生がコハクに近づいてきていた。皆、好意的な笑みを浮かべている。「こんにちは」その中のひとりの男子学生がコハクへ挨拶する。中々の男前に見える。「こんにちは」と返しながらコハクは思い出したように立ち上がった。そういえばクラリナ以外の学生とはまだ話したことがない。「初めまして、コハク・インフェスさん。僕はエリオット・エルガーです」エリオットは好意的な微笑みを見せる。茶色い髪の毛をオシャレに整えた彼は、いかにも女にモテそうな容貌を備えたイケメンだった。コハクは一瞬、前世での親友を思い出した。「初めまして」とコハクも挨拶を返すと、二人の会話が始まる。すると、またたく間にコハクは相手のペースに飲まれていった。「マギアヘルム出身と聞いて最初はどんな女性かと思ったけど、話してみると実に親しみやすくて可愛らしい素敵な人だなぁ」

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep69 疑問

    誤解はすぐに解けた。さすがにクラリナも半信半疑だったようで、授業間の短い休憩時間、最低限の説明で充分だった。ただ、今回のことでひとつ問題が浮き彫りになってしまった。「でもまさか、コハクちゃんとグレーアム先生が同じ屋敷に住んでいるなんて」クラリナは素直に驚いた。そうだよね、とコハクも思った。思いながら、クローと一緒に登下校するのはマズイかも......と気づく。事情を知らない者から見れば、良からぬ想像が働くのも無理はない。ましてや学生たちは色恋沙汰に敏感な年頃だ。むしろなぜ今頃になって気づいたのか、遅きに失したと言わざるをえない。コハク自身はもちろんのこと、クローやフランツやメアリーからも言及がなかったのが不思議なぐらいだ。「と、とにかく、ボクとクロ......グレーアム先生は何でもないから」言いながら、コハクは何だか哀しくなってきた。確かに愛人関係ではない。しかしまったく男女の関係ではないと言えば嘘になる。婚約関係。それはすなわち将来の夫婦関係だ。肉体関係こそないものの、友人以上の関係であることは間違いないはずだ。「コハクちゃん?」クラリナが隣から顔を覗き込んできた。「あっ、な、なんでもないよ」あわててコハクは笑顔を作った。できたばかりの新しい友人の目の前で落ち込んでいる場合じゃない。「気にしないで」そもそも身分を隠して入学しているのだから仕方がない。言えない

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep68 関係

    コハクは一瞬「?」となる。それからすぐにハッとする。失敗した。距離感を間違えた。そう気づいた途端、今度は焦ってくる。せっかく仲良くなれそうなクラリナに、このままでは嫌われてしまう。「ご、ごめん。ボクたちまだそこまでの関係じゃないもんね。ボクばっか先走っちゃったね。アハハ......」コハクは精一杯に笑顔を作って返した。どうにかして気まずくならないようにしたい。「あっ」クラリナが何か重大なことに気づいたように、態度を一変させる。「ご、ごめんなさい! わたし、なんて失礼な物言いを」「全然そんなことないよ!」コハクはさらに焦り出した。「あの言い方では、まるで私がコハクちゃんのお誘いを嫌がってるみたいに聞こえて当然ですよね......」「じ、じゃあ、そういう意味ではないってこと?」コハクがおずおずと尋ねると、クラリナは必死に何度も首を振った。「も、もちろんです!」コハクはほっと安堵する。危うく華のキャンパスライフに早くも影を落としてしまうところだった。何事もなさそうで良かった。いや待て。コハクは思う。本当に何事もないのなら、先ほどのクラリナのあの反応は何なんだ? 何もないのにあの反応は逆に不自然だ。

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep10 もう戻ることのできない(1)

    湯浴みから戻ると、宴ではマトモな食事もできなかっただろうとコハクは食事を振る舞われた。ナイジェルが使用人に用意させていたのだ。「すごく美味しいです」コハクは異世界の食事に舌鼓を打った。ナイジェルとアンと三人で囲む食卓は、中々落ち着くことのできなかったコハクの心を和ませた。右も左もわからないこの世界に降り立ち、どこの誰ともわからない女の子に生まれ変わり、戸惑うばかりの一日。しかしナイジェルとアンの心遣いによって、コハクは心の平穏さを取り戻してきていた。(ふたりがいてくれて、本当に助かったなぁ......)夕食を済ませ、用意された部屋に入るなりコハクはばふんとベッドに倒れ込んだ。大変な一日

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep5 宴

      【3】里一番の館の、大広間の台座の上。コハクは借りてきた猫のように縮こまっていた。彼女の目の前では今、里をあげて盛大な『魔女復活祭』が繰り広げられている。宴の主役はコハク。彼女は深紅のドレスを身に纏い、玉座と言うべき豪奢な椅子に鎮座させられ、崇め奉られている。 「深焔の魔女さまの復活だぁ!」「麗しき魔女、コハク・インフェルドさまの復活に祝福を!」当のコハクは、ただ苦笑いを浮かべるだけで精一杯だった。そこへ、彼女に寄り添って立つ中年女性が様子をうかがってくる。「コハクお嬢さま。ご気分が優れませんか?」「あ、いえ、」コハクは慌てて恐縮する。「ボクは大丈夫です、領主様」頭には三角

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep4 深焔の魔女

      【2】「あ、あれは!!」人々は遠くの空を見上げた。地上から空に向かって巨大な龍神の如く立ち昇る炎注の中心には、ひとりの女が浮かんでいる。この尋常ならざる光景は、この地に住む者たちにとって共通の、まごうことなき神聖な伝説を想起させた。「深焔の魔女さま......!!」人々は跪き、両手を握り合わせた。やがて甚大な炎は収束する。人里離れた地上に女がふわりと降り立った。「ぼ、ボクって、いったい......」誰よりも彼女自身が驚愕していた。まるで強大な深紅の炎の支配者にでもなった自分自身に。とてもじゃないが信じられない。そもそも、今のは自分自身がやったことなのだろうか。

  • 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様   ep3 目覚め

    第一部   【1】「ど、どうしよう、このまま閉じ込められたままだったら......」がっくりと膝をついた。もう何時間経ったのだろう。閉ざされた薄暗い部屋で目が覚めてから。時計もなければ窓もないので昼夜もわからない。ただただ途方もなく感じる。「やっぱりこれって、閉じ込められているとしか考えられないよね。でも......」中央に寝台があるのみの閑散としている部屋は、妙に広い。おまけに天井がやけに高い。牢獄というには些か様相が異なる。目立った汚れや埃も見当たらない。まるで掃除が行き届いているかのようだ。「ここはどこで、ボクはいったい何者なんだろう......」改めて確かめる

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